お子さんがゲームばかりして困っているという保護者の方、不登校のお子さんがいらっしゃるご家族の方へ – EWORKS – SPORTS(旧茨城県eスポーツ協会)

eスポーツ(ゲーム)について

こんにちは。茨城県eスポーツ協会です。

今回の記事では、eスポーツ(ゲーム)につきまして、改めて、私の考えをお話しさせていただければと思います。

1983年に、任天堂から「ファミリーコンピューター」が販売され、以降、家庭用ゲームは黄金期に突入しました。

当時は、毎週のように新作のゲームが販売され、私自身はもちろん、友人も含め、クラスの大多数の生徒(ほとんどが男子でしたが)がゲームに熱狂し、ゲームの話で熱く盛り上がっておりました。

一方で、子供の頃は「ゲームばかりしているんじゃない」と、よく親には怒られたものです。同年代の方ならば、皆さん、そのようなご経験があると思います。

「ゲームは勉強を妨げるものだ」。

当時は「ゲーム=遊び」としてしか捉えられておらず、その考えは、当然のように存在していました。少年犯罪があった際には「ゲームによる悪影響だ」と、ニュース番組に出演していた教育の専門家の先生が声高に叫んでいたのを、子供ながらに覚えております。

時代は代わり、今では、ゲームの一部タイトルは「eスポーツ」と名称を変え、ゲーム自体の役割、価値観が大きく変わってきています。

世間では、eスポーツは果たして「ゲームなのか、それともスポーツなのか」といった論争も巻き起こっておりますが、幼き日の私自身には、そのような論争が起きることすら想像できず、時代は変わったなと感慨深い思いに捉われます。

一方で、まだまだゲームに対するイメージは決して良いとは言えません。特に、私の親世代の方々を中心に、まだまだ理解しづらいのが実情だと思います。

確かに、ゲームにも負の部分は存在すると思います。しかし、私は、それ以上に、ゲームには、今起こっている多くの社会的課題を解決できる希望と可能性があると考えております。

今回は、そのような「ゲームの希望、そして可能性」について、お話したいと思います。

お子さんがゲームばかりして困っているという保護者の方、不登校のお子さんがいらっしゃるご家族の方、また、ゲーム否定派の方も、ぜひ本記事をご覧いただけますと幸いです。

それでは、よろしくお願いします。

ゲームは良いものであり、悪いものでもあるという観念

本題に入る前に、まず、私とゲームとの出会いについて、お話したいと思います。

私が初めてゲーム機を買ってもらったのは、先述しました任天堂のファミリーコンピューターでした。

いわゆる「ファミコン」という言葉の元となったゲーム機であり(現在でも、ゲーム機はすべて「ファミコン」と呼んでいる方もいらっしゃいますね)当時は、子供だけではなく、大人も含め、大人気となった家庭用ゲーム機です。

その後「ファミコン」は「スーパーファミコン」という上位機種にパワーアップし、任天堂の最新ゲーム機である「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」に至るまで、多くの素晴らしいゲーム機、そしてゲームが生み出されてきました。また、任天堂以外にも、セガや、ソニーをはじめ、大手企業もゲームハードに参入し、同じく、素晴らしいゲームを世に残しています。

当時は、毎週のように新作のゲームが発売され、まさに、ゲーム業界は活況の坩堝にあったのです。

一方、ゲームをするユーザー側、特に両親の目線からすれば「ゲームはただの遊び以外の何者でもない」と考えていらっしゃる方も多く、勉強をしなくなる元凶だと考えている方も少なからずいらっしゃいました。

実際、私の両親についても、ゲーム機を買ってくれたり、ゲームで遊ぶこと許してくれるという意味では、寛大で、理解がある両親でしたが、当然ですが、ゲームをやりすぎて成績が下がれば、厳しく怒られましたし、場合によっては、ゲーム禁止令が出たこともありました。

そのような状況ですから、当然ながら、一日にゲームをプレイする時間は決められており、その時間以外にゲームをプレイすることはできませんでした。そのような意味では、私自身、ゲームに関しては、しっかりと管理された家庭で育ったと言えると思います。

実際には、隠れてゲームをプレイすることは可能でしたし、事実、そのようなこともありましたが、後ろめたい気持ちの中でプレイするのは、どうも楽しくなく、次第に、限られた時間の中で、思い切り楽しむという遊び方に変わっていきました。

とにもかくにも、ゲームはとても楽しいものであり、一方で、悪いものでもあるのだと、どこか矛盾のようなものを感じながら、ゲームと付き合う少年時代を過ごしてきたのです。

ゲームは教育の妨げになるのか

ゲームについては、過去、たびたび争点となり、また指摘されている点があります。

それは、ゲームは、教育上良くないのではないか、ということです。

しかし、本当にゲームは教育の妨げになるのでしょうか?

この回答について、私個人の見解としては「過度なプレイは妨げになる」ということになります。

もっとも、これはゲームだけには限らない話ではないかと思います。ですので、このようなお考えをお持ちの方は、どうにかしてゲームを「悪」としたいとお考えなのかもしれません。つまり、無理やりネガティブなものを見つけようとしている状態なのではないかと、私自身は感じております。

だからといって、とにかくゲームは最高だ!と盲目的に述べるつもりはございません。当然、ゲームにもネガティブな面はあると思います。しかし、本記事では、ゲームのポジティブな意見を中心に述べさせていただこうと思います。

私が考えているゲームのポジティブな面の一つに「ゲームには、現実世界で失った自信を取り戻せる可能性がある」ということがあります。

先ほど、環境の話をしましたが、子供の頃は、運動や勉強ができるなど、個々の能力の良し悪しで、学校生活の立ち位置が大きく変わります。特に、小学校や中学校の時などは、運動能力が高い子が力を持ちやすく、運動が苦手だったり、大人しい子は、学校内での立ち位置が悪くなる傾向があります。そのような「優劣」によって、いじめが発生している事例も少なくありません。

いじめについては、多くの複雑な要因があって発生しているケースもあるので原因の特定は難しい部分はあるのですが、ここで伝えたいことは、「いじめ」をきっかけに、傷つき、自信を失い、人に会うのが嫌になる、もしくは怖くなってしまうという状況に陥る子供たちが(または大人においても)存在」しているということです。

なぜ、そう言い切れるのか、と言うことに関していえば、私自身がそのような経験をしたからです。私も、中学の頃にいじめに遭い、学校に行くことができず、苦しんだ経験があります。さらに、学校に行っていないことで、罪悪感を覚え、そして、集団の中で孤立したと言う経験が、さらなる敗北感を植え付け、ますます自信を奪っていきました。

その後、転校をすることになりましたが、そのような精神状態でうまく行くはずがなく、また登校拒否に戻ってしまいました。

そんなボロボロになった私のプライドを蘇らせ、救ってくれたのは、ゲームだったのです。

ゲームを無理やり美談に持っていくつもりはありませんが、今、こうして大人になり、自分自身の力で生活ができるようになった上で、改めて、私はそう思っています。

では、そこに至るまで、どのような精神的復帰の経緯があったのか。

ゲームには、当然ですが「課題」が設けられています。その課題をすることで、進めていくのがゲームです。

任天堂を代表するゲームであるスーパーマリオブラザーズのようなアクションゲームも、ファイナルファンタジーやドラゴンクエストなどのRPGと呼ばれるジャンルも、戦闘機に乗って敵を倒していくシューティングゲームも、テトリスなどのようなパズルゲームも、例外なくそうです。

ゲームには、基本的に達成すべき目標があり、課題をクリアすることで目標を果たしていきます。

当時、学校生活という、ある種の「課題を提供してくれる場」からドロップアウトした私は、ゲームという同じく「課題を提供してくれる場」にて、目標を設定し、そこに到達するための課題をクリアしていきました。

すなわち、私はゲームをプレイすることで、小さな成功体験を積み上げ、少しずつ、しかし、確実に自信を取り戻していったのです。

その後、私は、結局、中学校には復学することはできませんでしたが、自分で勉強をし、高校に進学。そして、無事に高校を卒業することができました。

もちろん、両親の理解や深い愛情、何よりも私に対する「信頼」が大きな力になったことは間違いありません。しかし、それ以外に、社会に戻れるようになった要因の一つとして「ゲームの存在があったことは間違いない」と断言できます。

ゲームは、私の失われた自信を回復し、前向きな気持ちにし「自分は絶対に課題や問題をクリアできるんだ」という「力強い希望」を与えてくれたのです。

真剣に物事に向き合うということ

私は、ゲームは人生の縮図だと思っております。ゲームは、実社会でも十分に役に立つ考え方、思考能力を鍛えることができると考えております。

例えば、フィンランドでは、国がゲームの教育利用を推進しています。ゲームフィケーションというジャンルであり、ゲームを積極的に教育に利用しようという考え方です。

ゲームの良い部分を活用し、教育に繋げていく試みは、とても面白いと思います。事実、私自身の経験でも、ゲームが上手いプレーヤーは、とても頭が良い方が多いです。お会いしたプロゲーマーは、まさにその典型で、ゲーム以外の道に進んだとしても、間違いなく成功するだろうと常々感じます。

もちろん、ゲームの恩恵は、教育的な側面だけではありません。私のように、失われてしまった自信を取り戻す「大切なきっかけ」を与えてくれることもあるでしょう。

大事なのは「熱中するほど一生懸命に物事に向き合うこと」だと思います。そしてそれは、勉強やスポーツ(部活)だけではなく、ゲームでも良いのではないでしょうか。

一日中寝ている、または酒を飲み続けるなど、退廃的な生活をしている人より、真剣に物事に向き合う人の方が、よほど活力があるのは間違いありません。そして、真剣に物事に向き合うことによって学べることは、勉強や部活と同じように、たくさんあると、私は考えています。

一方、だからといって、過剰にゲームに没頭するのは、もちろんよくありません。運動をせずに、勉強ばかりやっていても良くないですし、休養も取らずに、スポーツばかりやっていたら、いつか怪我をしてしまうでしょう。

しっかりと距離感を保つことは、ゲームも、ゲーム以外のことも、同じように重要なのです。

仲間との出会い

また、ゲームのポジティブなメリットとして「仲間との出会いやコミュニケーションの活性化」が、あると考えております。

先日、私の職場でも、女性スタッフがヨガに興味があるということで話をし、盛り上がっておりました。実際に一緒に行き、そのまま入会もしたそうです。

学校生活や、社会人になってからも、仲が良くなるきっかけは、共通の趣味だったり、興味のあることを通じて、ということが、よくあると思います。好きなものや価値観が同じだからこそ、一緒にいて楽しいし、安心もするのだと思います。

私は、茨城県eスポーツ協会内のコンテンツとして、茨城県内のゲーム好きの方が集まる「茨城県eスポーツギルド」というコミュニティを運営しております。

この「茨城県eスポーツギルド」については、2019年に茨城県で開催される国体が、きっかけで始まりました。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この国体については、本大会で初めて、eスポーツが採用されることになりました。

eスポーツ部門は、3つのゲームタイトルがあるのですが、一般の部については誰でも参加できるようになっています。しかし、多くのゲーマーにとって、出場(エントリー)には、一つのハードルがありました。

大会競技に、とある人気ゲームタイトルがあるのですが、こちらはプレイヤーエントリーに「3人」が必要で、人数が揃っていないとエントリーができません。ですので、多くのゲーマーが断念しているという実情がありました。

学校や職場において、同じ趣味を持つ仲間と出会える確率は、実はそれほど多くはないと思います。また、そこで仲間と出会うことができなければ、多くの場合、紹介などを通じてしか、繋がれるチャンスがありません。

残念なことに、今回のエントリーの参加条件について、ゲームは大好きですが、一緒に参加できる仲間がいない方々について、大きな落胆を与えてしまう結果となってしまったのです。

eスポーツ協会の人間として、この件を目の当たりにし、また、私はこの問題には、とても重要な本質が隠されていると感じました。

まず、お伝えしたいのは、私は、この大会のエントリー制度について批判があるわけではありません。あくまでも「仲間と繋がり合える場所がない」ということが問題だと感じています。

この件をもとに、私は、茨城県内のゲーム好きの方たちが繋がり合える場所を作ろうと思いました。

全国が対象だと広すぎてしまう。関東全域でも、まだ厳しいだろう。県レベルの規模であることが適正と感じ、茨城県内の方が繋がり合える場所。 そんな仲間と出会える場所を作りたかったのです。

そして、それは、私自身が、子供の頃に望んでいた場所でもありました。

まだまだ、私たちは認知度が低いのが現状ですが、ギルドには、私たちに期待してくれているメンバーがいらっしゃいます。

そうした大切なギルドメンバーとともに、まずは、茨城県内のすべてのゲーマーが交流できる場所を作ることが、私の目標です。

独り(ひとり)ではない。自分には、仲間がいる。

それが、どれだけ救いになるのか。少年時代、孤独だった私は、痛いほど、そのことを実感しています。

「同じクラスにはいない。でも、隣のクラスには仲間がいた。今、勤めている会社にはいない。でも、隣の会社には仲間がいた」

本当はとても近くにいるのに、遠い場所にいる「仲間」たち。そんな、仲間たちと出会える場所が日本中に作られてほしい。

それによって、救われる人が、たくさんいるのではないかと、私は思っています。

お子様のゲームとの付き合い方について

今回は以上となります。ご覧いただき、ありがとうございました。まだまだ未熟ではありますが、eスポーツ、そしてゲームのポジティブな面を中心にお話をさせていただきました。

本記事の締めに、ゲーム中毒を防ぐための、提言をさせていただき、本記事を終えたいと思います。

ここでは、特に、小さいお子さんについてお話ししたいと思います。幼少期は自己を律する力が、まだまだ発達しきっていないので、私のように、両親がしっかりと管理、目を光らせている必要があると思います。

具体的には、プレイしない間はゲーム機のコードなどを抜いておき、物理的にプレイできないようにする。そして、決まっている時間だけ、ゲームをプレイできるようにするというのは方法の一つでしょう。

また、親の側から一方的に言い渡すのではなく、あくまでも子供と対話し、子供が自ら決め、約束するようにしてあげることが大切です。

例えば、ルールを破ったら、どうするのか、などを、お子さん自身に考えてもらう。もちろん、決めた約束を破ったら、自らが定めたルールに従ってもらいます。例えば、3日間はゲーム禁止、などです。

そうすることで、約束を守る大切さ、そして、責任感を育てることができるでしょう。

eスポーツ、そしてゲームは、まだまだ、発展途上です。今後、ゲームを取り巻く環境は、目まぐるしく動いていくでしょう。

そのような中で、私たちも、ゲームとの向き合い方を伝えていくのはもちろん、何よりも、ゲームは楽しいものだということをお伝えしていければと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。